病は気から
前回の投稿では事故の経緯、そしてその時何が起きたかについて書きました。今回は傍から見えにくい所、また本件の最たる原因且つ本質的な所「メンタルの部分」について振り返って行こうと思います。
タイトルにもある「病は気から」とはよく言ったもので、これまでの人生を振り返ってみても、失敗だった事や体調を崩した時の裏側では、ほぼ常に精神面が関係していたように思えます。
先述のように、事故当日は朝から仕事があって疲れ気味だった事、他にも数週間チーフ不在で仕事の負担が若干増えていた事、ちょうどその日他の希望部署から否の話があった事、翌日の外出準備にやや追われていた事、数週間楽器の練習量を上げていた事、また事故直前の練習で良い感触を得られなかった事等々、他にも疲労やマイナス心理に繋がる要素はいくつもありました。
実際直前の交差点で止まっていた時も、マインドの状態はあまり良くありませんでした。それから事故まではあらゆる事に気を払いましたが、最後に少し「今まで取った事の無いコースでも行けるだろう」「行ってしまえ」という気の乱れがあったのも事実です。
最後自分の足元まで注意が向かなかったのは、色々抱え込んでパンクしたのが原因で、ストレスマネジメントの所でも至らない部分があったと思います。(段差が大きくなっている所だというはっきりした認識は持っていませんでしたが、もしかするとそれも無意識レベルで避けていたポイントだったのかも知れません。)
だったらあの時練習に行かず休んでいたら良かったじゃないか - そういう話かも知れません。しかし現実はいつも一筋縄では行かない、そのようにも感じています。なるべく良いコンディションで過ごすべき事は分かっていますし、サインが出たり一定ラインを越えたらそうするようにも心がけていました。ただ今年は自分にとって色々と節目の年でもあり、それぞれのイベントに向けて一層意気込んでいました。また最近は自分の体についても理解が深まり、以前では止まっていたラインを越えて動けるようにもなっていました。色んな思いがあって全て大事にしたい、もっと良くしたい、またチャレンジしたいという気持ちは理屈を越えて湧いてきますし、それらは当事者でないとどんな感覚かも分からないと思います。そうした事を踏まえ全て鑑みると、事故を回避するのはやはり難しかっただろうと思います。
「結局他の人の事は分からない」- 今回改めて感じた事です。不意に見聞きする「えっ」と感じる事でも、当事者でない限りどのような経緯と状況、またその背景があったかは体験出来ないですし、その本人すら分からなかったり言語化出来ていない部分もあると思います。今回の事故についても毎回ここまで詳しくは説明出来ないですし、その経験からも迂闊に自分の思った事を人に言ったり出来ない、またすべきではないとも思いました。(ケースバイケースになると思いますが。)
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| (3年前突然この世を去った同僚の回顧展。 前日まで職場で見ていた彼。心境は如何許り であったかと思う事もあります。) |
話は逸れていきますが、今活躍しているスポーツ選手等が怪我に悩まされる時も、そんな「ギリギリの所で日々トライしている」背景があったりするのかなとも思いました。事故以降生活がゆっくりになった今思うと、自分も普段ものすごいスピードと密度で生活していた事に気付かされます。長く居るとはいえ異国での生活、また年齢的にももう若いと言い切れない時期になってきています。これから出来る事としては、やはりなるべく余裕をもって生活する事、そして自分のコンディションに集中して、気分良く過ごす事だと思っています。事故以前の自分に戻るのではなく、新しい自分でまたゼロから始める、そんな考えとともに少しずつ進んで行きたいです。
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| (一年で一番日の長い時期を迎えたドイツ。 西の空は夜中でも薄っすらと明るいままです。) |





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